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熊野街道の信達宿は、どんな宿場だったのか

2026-10-20歴史と地理

JR阪和線の和泉砂川駅から歩いて8分ほどのところに、春の「ふじまつり」で知られる梶本家の野田藤があります。藤棚は熊野街道沿いにあり、信達牧野や信達市場を中心とする街道沿いの一帯は、かつて「信達宿(しんだちしゅく)」と呼ばれた宿場町でした。この道がいつ、何のために使われ、だれが泊まったのかを知っておくと、毎日の通勤や通学で通る道の見え方が変わります。藤まつりの混雑や、古い町並みをどう残すかといった、いま市議会で取り上げられている話題を考える手がかりにもなります。

熊野詣の人びとが通った道

泉南市埋蔵文化財センターがまとめた市のページによると、古代から中世にかけて、都の皇族や貴族、有力な武士が熊野大社へお参りするようになりました。それまで南海道と呼ばれていた紀伊へ通じる道は、熊野街道と呼ばれるようになり、熊野詣(もうで)の一行でにぎわいました。 その名残が、中小路(なこうじ)にある厩戸王子(うまやどのおうじ)跡です。熊野街道に沿って設けられた「熊野九十九王子(くまのくじゅうくおうじ)」のひとつとされ、大阪府の指定史跡になっています。樽井公民館がつくった名所マップは、九十九王子は大阪市の天満橋付近から熊野三山までに99か所あったといわれ、厩戸王子跡は大阪市の側から泉南市に入って最初の王子跡だと説明しています。厩戸王子神社は明治40年に、いまの一岡(いちおか)神社に合祀(ごうし。複数の神社を一か所にまとめてまつること)されました。 市のページには、建仁元年(1201年)10月7日、後鳥羽上皇が熊野へ向かう途中、信達荘(しんだちのしょう)の「厩戸の御所」に泊まったと記録にある、と書かれています。信達宿には後鳥羽上皇のほか、歌人の藤原定家も泊まったと記録に残っています。

和泉の南部で栄えた宿場

市のページは、信達宿を和泉の南部でもっとも栄えた宿場町のひとつとしています。いまも本陣跡、旅籠(はたご)跡、常夜灯が残り、古い家は入母屋(いりもや。屋根の形の一種)造りで妻入り(屋根の三角形の面が道に向く造り)のものが多く、道に面した間口が狭く奥行きが深いのが特徴だといいます。 江戸時代には、紀州藩が参勤交代(大名が領地と江戸を行き来する決まり)にこの街道を使い、信達宿を宿泊地にしました。2015年の市議会で、市民生活環境部長がそう答弁しています。本陣とは、大名や旗本、幕府の役人などが泊まったり休んだりする施設で、原則として一般の旅人は使えませんでした(枚方市の説明による)。

本陣跡の角谷家と真如寺

信達市場にある角谷(つのや)家は、市のページで「紀州家ゆかり」の本陣跡と紹介されています。角谷家が自ら開いているウェブサイト(市のページからリンクされています)によると、紀州街道では信達宿の市場村に泊まるための本陣が置かれ、山中宿(いまの阪南市山中渓)と助松宿(いまの泉大津市)には休憩のための本陣がありました。角谷家は代々本陣の役を務め、紀州徳川家の専用だったとしています。紀州の殿様が入る御成門(おなりもん)があった部分は明治4年(1871年)に市場村に渡され、門は昭和29年に公民館へ建て直すときに取り壊されました。いまは市場区の敬老会館になっています。長屋門はふだんは公開されていません。 2022年の市議会で「紀州徳川家ゆかり」と紹介された信達市場の真如寺(しんにょじ)について、名所マップは、紀州徳川藩の参勤交代の「隠れ本陣」とされ、境内のカイヅカイブキは徳川吉宗が植えたといわれる、と紹介しています。 本陣跡は観光にも使われてきました。平成16年度の決算審査特別委員会では、担当課長が「去年」の12月11日に開いた熊野ウオークに897人が参加し、山田家や王子跡、本陣跡の角谷家などを回ったと答弁しています。

藤まつりのにぎわいと混雑

梶本家の野田藤は1本の木に4万の花房をつけ、4月中旬から下旬が見ごろです。熊野街道信達宿藤保存会が開く「ふじまつり」の前後に1週間ほど藤棚が一般公開され、まつりの日には角谷家なども特別公開される予定だと、市は案内しています。2010年の市議会で市長は、「大阪ミュージアム構想」に市から75件を登録し、信達宿の野田藤がベストセレクション3件のひとつに選ばれたと答えました。2025年4月には、ふじまつり25周年と市制55周年を記念した「ふじまつりプラス+」を市が開いています。 人が集まれば課題も出ます。2023年第3回定例会で古谷公俊議員がふじまつりについて尋ね、成長戦略室長は、3年ぶりの開催で期間中に3万人が訪れ、最終日の4月23日は臨時を含む駐車場が満車になって周辺の道路にまで影響したと答えました。室長は、保存会や地域住民、関係機関と協議したいと述べています。古谷議員は、道路が狭いことと、駐車場がまったく足りないことを指摘しました。

町並みを残す道、暮らしの道

信達宿を通る旧街道は府道で、主要地方道の和歌山貝塚線と重なる区間が多い、と市は答弁しています。2015年、古谷議員が信達宿の道のカラー舗装や石畳を提案したのに対し、市民生活環境部長は、府道なので道路を管理する大阪府と、大苗代から市場、牧野、岡中にかけての各区の意見を聞く必要があると答えました。石畳には騒音や車いすへの配慮といった課題があるとも述べています。 2022年には堀口和弘議員が、旧街道の景観を守る舗装について尋ねました。都市整備部長は、以前に大阪府へ景観舗装を提案して協議したものの、費用や車の走行音、維持管理の課題から具体化しなかったと答えています。狭くて一方通行の区間が多く通学路でもあるため、まず安全対策を優先し、府が一部の区間にグリーンベルトを設けたとのことです。堀口議員は、砂川樫井線が開通して通り抜けの車が減れば、歩いて散策できる場所にしてほしいと要望しました。

考えるための問い

・藤まつりに3万人が訪れるとき、沿道に住む人の暮らしと観光客の安全を両立させるには、だれが何を受け持てばよいでしょうか。 ・古い家並みの多くは個人の住まいです。持ち主の負担を増やさずに町並みを残すには、市や府にどんな支え方があるでしょうか。 ・通学路でもある旧街道を、車の道として整えるのか、歩いて楽しむ道として整えるのか。あなたが毎日使う道なら、どちらを望みますか。

出典

- 熊野街道と信達宿(泉南市埋蔵文化財センター・泉南市ウェブサイト) https://www.city.sennan.lg.jp/kanko/bunka/maizou/bunkazai/meisyokyusekitennenkinenbutu/1458795154000.html - 厩戸王子跡(泉南市埋蔵文化財センター・泉南市ウェブサイト) https://www.city.sennan.lg.jp/kanko/bunka/maizou/bunkazai/meisyokyusekitennenkinenbutu/1458795153849.html - 熊野街道信達宿の野田藤(泉南市プロモーション戦略課・泉南市ウェブサイト) https://www.city.sennan.lg.jp/kanko/kanko/kankoshigen_spot/sennan_flower/1582002213216.html - 「泉南市制55周年・ふじまつり25周年 ふじまつりプラス+」の開催について(泉南市・2025年) https://www.city.sennan.lg.jp/kakuka/seichousenryaku/promotion/ibenntozyouhou/ibentojyouhou2025/10169.html - 見どころいっぱい泉南市(泉南市立樽井公民館・2022年3月現在) https://www.city.sennan.lg.jp/material/files/group/33/sennanchirashi.pdf - 枚方宿本陣跡 案内板(枚方市) https://www.city.hirakata.osaka.jp/cmsfiles/contents/0000051/51196/3.honjin_JAEN.pdf - 紀州街道信達宿本陣跡 角谷家(角谷家のウェブサイト) http://www.eonet.ne.jp/~honjin/ - 平成16年度決算審査特別委員会(第3号)議事録(泉南市議会) https://the-sennan.top/yobo/101604 - 平成22年第2回定例会(第1号)議事録(泉南市議会・2010年) https://the-sennan.top/yobo/100264 - 平成27年第1回定例会(第3号)議事録(泉南市議会・2015年) https://the-sennan.top/yobo/100502 - 令和4年第4回定例会(第5号)議事録(泉南市議会・2022年) https://the-sennan.top/yobo/100862 - 令和5年第3回定例会(第1号)議事録(泉南市議会・2023年) https://the-sennan.top/yobo/100892